福岡地方裁判所 昭和44年(ワ)61号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、(一) 被告らの責任
1 被告石原の責任
<証拠>を綜合すると、本件事故地点は高宮小学校のほぼ西側の塀に沿つて歩車道の区別のない幅員7.4メートルの鋪装道路であつて、被告石原は普通乗用自動車を運転して時速約五〇キロメートル位でこの道路を北から南へ向つて同校正門を過ぎ西門の手前まで差し掛つたとき、突然西門から原告の走り出てくる姿を認めて急制動の措置をとつたものの間に合わなかつたこと、一方原告は同校六年生のマラソン練習に参加して運動場を一周した後学校の周囲を廻るべく先頭切つて西門を出たこと、原告自身先頭を走つていたこともあつてマラソンのことだけを考えていたため、西門外の道路の交通状況については全然考えていなかつたし、また被告石原も日ごろ通り馴れた道であり、西門の開いていないことが多いことも知悉していたので前記速度のまま学童が出てくることについては全然念頭になかつたことを認めることができる。
右事実から考えると、原告が運動場を一周した余勢で一目散に道路へ出てきたことが本件事故発生の一因たることは否定すべくもないが、被告石原自身正門西門と続くさほど広くない道路を学童が来ないものと軽信して進行した点において、同被告の過失を肯認できるものというべきである。従つて、同被告は不法行為者として原告の損害を賠償しなければならない。
(二) 過失相殺
本件事故の発生について原告のとび出しにその一半の原因を有することは前示のとおりであるが、そのとび出しが小学校六年生の児童たる原告にとつて授業のひとつとして行われたマラソン練習で指示されたコースを走ることのみに捉われた結果であつて、コースでの交通事情にまで考えが及ぼなかつたからといつて、このことをもつて原告自身の過失と断ずることはいささか酷である。コースの指示実態について不注意な点があつたとしても、それを「原告側」の過失に入れるべきではない。』
二、原告が本件事故により負傷したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を綜合すると、原告は事故後直ちに嶺井外科医院に入院したが、翌一五日堤外科医院に転院し、右膝関節打撲傷、関節内出血と診断されて同年三月七日まで合計二二日間入院し、以後同年六月三〇日までの間五六日通院し、同日治癒と診断されたこと、その後も同年一一月二三日までの間一四日通院して低周波治療と内服投与を受けたこと、同年四月二三日診断書作成費用として金三〇〇円を支払つたことを認めることができる。もつとも、原告は(イ)翌四三年六月二一日九大附属病院でレントゲン検査を受けて金四一六円を支払い、右膝穎問隆起骨折の癒合と診断され、診断書の費用として金一〇〇円を支払い、(ロ)同年八月三日福岡地区労診療所で内科の治療を受けて金三六四円を支払い、(ハ)同年九月二七日山田内科に金一四三円を支払い、(ニ)同月二九日我部外科医院に金五八九円を支払い、(ホ)同月三日堤外科医院に治療費および診断書作成費用として金一、四五〇円を支払い、(ヘ)同年一〇月一日九大附属病院でレントゲン撮影をして金三二三円を支払い、(ト)昭和四四年四月一日長尾病院に金一、六三二円を支払い、(チ)同年一二月四日田口外科医院に同年四月一日から同年一二月二日までの治療費として金二、五九〇円を支払い、(リ)同年一二月八日福岡赤十字病院で診断書を作成して貰うとともに合計金一、一二二円を支払つたことがいずれも成立に争いのない右各書証によつて認められるのであるが、右(イ)、(ヘ)の検査はともかくとして、その余の支払は、前示のように昭和四二年六月三〇日治癒の診断から考えてもいかなる治療をしたのか、また中でも内科治療は本件受傷によつてどのような必要があるのか、さらには右(ハ)、(ニ)、(ホ)のように短期間に医師を代えて診療を受けねばならなかつたのか原告本人および原告法定代理人両名の各尋問の結果をもつてしても明確とは言い難く、他にこれを肯認できる証拠はないので、前記支出を損害として認容することは困難である。ただ、右(イ)、(ヘ)の各支出については被害者が本件のような受傷後さらに精密な結果を知ろうとすることは十分考えられるところであるから、この程度は本件受傷による支出と認めるべきである。
三、逸失利益
原告は本件受傷の結果生涯に亘つて労働能力を失つた旨主張する。<証拠>によつて、原告がすでに中学校を卒業して原告自身や父がかねてから決めていたとおり父のもとで左官見習をしていることが認められるけれども、果して原告自身本件受傷の結果当該職種において他に比べその半分しか働けなくなつたかについては、<証拠>をもつてしてもこれを認めることは十分でなく、他にこれを認めるに足る証拠はない。従つて、これを前提とする逸失利益を算出することはできない。(富田郁郎)